岩戸を開ける(看取り)

心の岩戸を開放する

私の祖母は私が中学1年生の頃82歳で自宅にて亡くなりました。

母と父の姉妹と交代で支援し自分は側で会話や、寝ている祖母の見守りをしておりました。

たぶん母や祖母の娘たちはおむつを替えていたのかもしれません。

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幼い頃から自分は祖母と常に一緒でした。叔父(父の兄)がお坊さんだったこともあり、

祖母は、信仰深く一緒にお寺にでかけておりました。

祖母は、当時、丸瀬布へ住んでいた娘の子守へ定期的に出かけ

留守の時は寂しかった当時の感情が今、思い出します。

祖母は、自分も知らない祖父との結婚後は、随分苦労をしたようであります。

そのような祖母は、老いてからも本を見るのが大好きでした。

また、ラーメンやマヨネーズ等、当時としては目新しいものを好んでいましたから、

チャレンジ精神はあったのだと振り返ります。

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過去の日本の暮らしの多くは、今のように満たされてはいませんでしたが、

心はゆったりと隣人と助け合い、

祭りでは数日前から祭りの祝いへ向けた交流があり幼い心もウキウキする心で満たされていました。

その祖母の最期の時には、当時は田舎では入院病棟が少なく多くは自宅で最期を迎え、

往診の医師が定期的に来ていただき、死に装束も結び目をつくらず自分も縫いました。

その祖母は、いよいよ最期の時に山形弁で『みんな福しくなれよー』と、

言い残し大きく息を吸って間もなく逝きました。

最期まで言葉を残すことが出来たのも、意識があり薬漬けにはなってはいなかったからなのでしょう。

最後は点滴もいたしません。

私は、数か所の施設等で命を預かりましたが、「もう、そろそろかな」という

医者ではなくても、残りの日が近いと思われる感覚が、

これはその場に勤務する人等は直感を先に感じる力が働くのです。

また、自然と見送る人(職員)が決められているようにも見受けました。

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今は、看取りの可否について最初にお聞きしますが、

私は自分の経験から「その時に考えます」と母の事も聞かれ伝えます。

始めからは断定しません。断定することは、命の方向付けで制限があるように感じるからです。

でも、現場にいた時は、そのような質問を投げかける制度的要求もありましたので

何も考えずに自分も対応しておりました。母からの学びであります。

私は、身内から看取りを学び、母から今の介護保険制度における疑問を学んでおります。

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今は施設を手放す方が多い状況です。継続すればするほど赤字となるでしょう。

ご利用者は介護利用料と共に介護保険代、病院代、

食事代、家賃、場所によってはおむつ代を払い続けているのですね。

何事も偏らず中庸であるべき姿の再構築が必要な時期かもしれません。

物事は1本ではないということです。

今、自宅で看取ることができる場合は、

「本人の強い意志」と看取りが自宅で可能な状態か否かの場合もありますが、

そこがクリアーになった方は独居の精神力のある方で日頃から

自分と向き合い方向性を決めてきた方が多く存在します。

「自宅で一人でも最期を迎える」という訪問看護、往診医師、訪問介護、

そこにご近所の声をかける友人等でシステムがとられる場合もあります。

またそこに遠方の家族が定期的に入るという方は幸いだと思います。

また、介護保険は施設向きになっていますので、

施設のように24時間体制での見守りを在宅給付に転じるならば、

相当の額の高負担となります。

ここに自宅でなかなか最期まで見ることができないアンバランスが生じています。

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しかし、祖母のようにご近所さんが訪ねてきていただいたり、遠方の娘らが交代で来たり。

同居する家族が看るなどの対応で自宅において死ねる時代が多くありました。

一人で暮らしながらもお金の余裕、

または保護を受給中の方だからこそ希望を叶えられたというケースもあります。

一緒に住んでも自宅で看ることができないケースも沢山あり、施設のお世話になることもあります。

また、看取り期でも食べたいもの、飲みたいものを「力がある場合」は、

食したり飲んだりする力が残されていることがあります。

しかし、医療的見解からは万に一つのリスクを無視できない場面から、

食べ物。飲み物を看取り後期にはストップするのが一般的常識範疇であります。

また、医師から指示を得たナースは勝手にこの見解を無視するわけにはいかないのです。

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現場の人等は、家族間と、その狭間でとても苦しみます。

家族が訪問すると、看取りの人は予想もつかない力を発揮し食べたり飲んだりすることが一時的にできるのです。

家族が『頑張れ、がんばれ』と声をかけ、ひ孫の写真等をお見せすると

一時的に力が回復するのです。ごくごく水分もむせることなく摂取できるのです。

人には、最期まで力があります。

しかし反面、看取り期の誤嚥性肺炎は非常に辛いものとなり苦しさも多くあり、

医師は、最大のリスクを考え指示をだして当然なのでしょう。

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しかし在宅で看取るということは、スプーン少量からでもこのような一瞬のチャンスを活かし、

互いが良き思い出をつくることができるのですね。

私は、介護現場の教育場面では伝えたくても伝えられない場面でありました。

今は、自分の心の岩戸を開ける思いでお伝えさせていただき、

「そのようなこともあるのだな」と、頭の片隅に置いて頂ければ幸いです。

追伸

では、どうしたら良いのだろうと思う方もいらっしゃるでしょう。

私は、「もうそろそろかな」、「数か月かな?」と残存能力が残されている皆様には、

食べさせたいもの、本人が食べたいものを持参していただき

その目の前で食していただいたり、

本人がお好きなものを職員に調理していただき

言葉と、そのご様子を記録にまとめ伝えさせていただいておりました。

また、ドライブなどで外へ共にでかけ思い出の回想する場面となることもありました。

また、お身内全員があつまりレストランを午前中貸し切り思い出の場所で時を過ごしていただきました。

医師の承諾、施設長である自分と、担当介護スタッフが施設の車で送迎させていただきました。

ご本人の、人生最期に彩りをつけさせていただくことは介護現場の人等の心にも家族にも、

癒しを与える時間となりました。

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人は、食慾が何日も無くなるときも来ます。

その場合、『何か希望はありますか?』と嬉しい質問をしていただけます。

家族の意見を吸収し実践していただけるからです。

これは見送る家族の気持ちを和らげる働きとなるのですね。

亡くなった後の喪失感を和らげる働きとなるのです。

栄養補助食品を飲まなければゼリーにして調理していただけますか?とお伝えしました。

(固さを調整します)

すると、看護から弾んだ声で連絡があり『あら、おいしいね。と食べていただきました』と。

以前メーカーに当時、『熱しても栄養分が変わらないか」をお聞きし了解を得ていました。

現場での工夫は、多くの看取り期にある人、しいては自分の母親の為になりました。

この職場の環境が整っている証拠でもありますね。

今日は、長文となりましたが必要となる方のみご覧いただき、

周りの気になる人、自分へのアドバイスとなれば幸いです。

誠にありがとうございました。

私は、ずっと伝えたかった言えない部分をお伝えさせていただきました。

感謝申し上げます。

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