子どもに授ける一生の宝

学校の学問は、その「とき」でなくても、
数年後でも、
数十年後でも学ぶことができるが、
人は、繊細な人の痛さを知る時期は限られており、
その時期を通り過ぎると耳に入りづらくなる。
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口うるさいと思われても家庭での学びがなければ、
学校や職場において、
人間関係でとても苦労を味わい、
その苦労から瞬間に学びを得る人は幸福であるが、
何も気づかない場面では仕事を懸命に頑張っている人こそ、
ほんとうにかわいそう。
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人の痛さを教えられなかった子は、
悪気が無く、
人に平気で痛さを与えるが、
その物事の重要なことに気づけず、
「嫌味」を言われたり、
「仲間外れ」をされたりと、
親が口出しできない成長された段階で不幸との背中合わせに陥る危険もある。
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一般的なコミュニケーションは成長の段階である程度、身に着くことがあるが、
肝心な繊細な部分ほど人の感情を左右する場面となる。
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「お友達と仲良くね!」と言っても
学校の様子に耳を貸さなければ、
痛さを受けている子の痛さも理解できず、
親のことばだけ宙にふわふわ浮いてしまう。
人に放った言葉や、
出来事から緩急をつける人への対応は、
良くも悪くも人の心に与える影響は大きく、
その人との人間関係の良し悪しが瞬時に決まる。
同じ内容の場面であっても、そこに心がしっかり伝わるか否かで
仕事の成功率も違ってくる。
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一生の宝を子に与えることは、
「人間味と相手を尊重できる力」を授けることから、
職場でも、
老いてからでも、
幸福に暮らせる近道だと思えてくる。