心の闇からの解放と今、悩んでいる人等へ

誰にでも心の中に「闇」は多少なりともあるかと思う。
しかし、今まで歩んできた信頼が崩れ
途方に暮れる場面にまで到達した人生の分かれ道まで遭遇すると
人は、生きていけなくなるような心持になることがある。
家庭においても仕事に対するスタッフのあり方への提示から、
「ここは俺の家だ!出ていけ」と伝えられた信じがたい言葉から、
共に歩んできた人生と思っていたことが岸壁から突き落とされるようなショックは、
いつまでも恐怖となり、おろおろとその場に立っていられず、荷物を車に運びだした自分が居た。

荷物は、会社の自室へ運び出すしかなく
狭い町ではホテルに身を置くこともできず
しばらく、会社で寝泊まりをしていた自分がいた。
吐かれた言葉を思い出すと、お金の感覚が優先だったのか?と。
会社の組織上の上下関係から他者からの苦言が入り、
社員へのあり方への助言など行ってきたが、その結果がこのような状況になったのだ。
会社の経営と組織の正しい運営と連れ添うことへの関係性にズレが生じ、
相手は金銭での優位から心の解消を図っていたのだと今の自分から思う。
当時の自分は、「どこへ行ったら良いのだろう。どこにも行くところが無いんだ」と、
究極の「居場所」との対峙から身をもって体験し、
今でも思い出すと心の奥で泣き崩れる自分がいる。
可愛そうで寂しく、辛く、
もう一人の自分が慰め励まし、
またその横には見えない存在もサポートに入っていただいていた。

元の人は、改心しいろいろ気配りを行ったが、
一度、傷ついた心は癒えることはなく、
自分は心を戸を閉ざし言葉少なに狭い空間で暮らす自分がいて、
届いた言葉を闇のなかに放り込もうと思っても
日増しに大きくなり、
温かく差し伸べる夫婦の手を頼りに自由の空間へ飛び立つことができた。

本当に求めるものは、
心穏やかに暮らせる日々の暮らしであり
金銭ではなく行き交う人のほほえみや、
短い会話でもあるのだが、
小さな組織でも代表として君臨していた自分は、
近寄りがたい自分を作り出していた気づかない自分がいて
誰も言葉をかけられる者は無く、
また、強気の自分がいて、
二足の草鞋を履き続けたことへの代償は今も尚、続いているように思う所がある。
しかし、今はやさしくとも厳しい人生のことばを投げかけてくる先輩(女性)のことばがとても新鮮に入る自分がいる。

過去の女性は、虐げられ苦しくても辛くてもその場からは逃げず一生を殻に閉じ込め生きてきたのだろう。
そのような歩み方が今の社会の根底に今もなお厳然とあり、
真の女性の解放にはならず介護をする場面で虐待がでるのも理解できるように思えてくるが、
そのような災いは更に二度目の自分を傷つけることとなる。
深い闇の自分が個々に納得するものを導き、
相手に提示し、
寿命がきたときは身軽な自分で戻ることが自分はベストのように思う。

(北海道開拓者のお一人に敬意を捧ぐ)
しかし、今は2024年である。
苦しむ人が一人でもいるなら心を自由に開放し、
自分が納得する解決する策を考え、
人生をあきらめずに
個々ができる範囲で、
心の奥にいる自分が笑顔になるような、
趣味や穏やかになる自分をつくれるよう
他の人の意見ではなく、
自ら導き、
人生を再構築する勇気を考えていただき
たとえスタイルは変わらずとも
次の道へ歩みだすことが自分を解放することにつながるのかと思えてくる。
自分は、まだまだ為すべきことが用意されていると希望を持ち、
一つ、ひとつ丁寧に自分という自分がこの場にいたことを
自分が納得できるよう二度目の人生をこれから出会う多くの人々と希望を持ち
明るい太陽を燦燦と浴びながら温かな日々を共に歩んでいきたい。

今日という日は、新たな未来への一歩です。
先輩と出かける約束があります。
感謝し一日が最良となるよう自分でもつくりだします。
感謝!